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トリップ 1-03

「ああ、だからか」

その言葉に、やはりこの子もそうか、と僕は諦めにも似た感情を覚えた。




不運と不幸は別物で 1-03




穴の入口から誰かの声がした。
大丈夫ですか、と優しく穴の中に響いた声。
聞いたことのない声だったけれど、高く澄んだ綺麗な声だった。
上を見上げれば、一人の少年。
同い年だろう彼は、僕を見つけてすぐに見えなくなった。
何処へ行ったのだろう?

そう思いながら待っていると、上から縄が落ちてきた。
縄を手に取ってどうすればいいか悩んでいたら、また上から声がかかる。

「それを身体に巻きつけて、しっかり固定してください」

どうするつもりなのかわからなかったけれど、僕はその声に従った。
結び目がほどけないようにしっかり結んで固定した。

「・・・あの」
「あ、結び終わった?」
「はい」
「じゃあ、引っ張り上げるから」
「え?」

急にぐいっと引き上げられる感覚。
足が宙に浮いて、僕は慌てたけれど、大人しくしていた。
ぐいぐいと上へ引っ張られていく。
空がだんだん近づいてきた。





「あの、ありがとう」
「いいえ、怪我はない?」

僕を引っ張り上げてくれたのは、やっぱり自分と同い年の一年生だった。
僕と同い年で小柄な彼が、一人で僕を引っ張り上げたなんていまだ信じられないけれど。

「手当てをしたから大丈夫」
「手当て?」
「僕保健委員だから」
「ああ、だからか」

何が”だから”なのか、僕は分かる。
みんな言うんだ、僕が蛸壺にはまると言う言葉。
仕方ないよ保健委員だもの、仕様がないな保健委員は、またかよこれだから保健委員は。
きっと彼もそう言いたいのだろう。
歪んだ顔を助けてくれた彼に見られたくはなかった。
ぎゅっと手を握りしめて、自分の足を見つめる。

「手当て上手なんだね」
「え?」

今言われた言葉が信じられなくて彼の顔を凝視する。
彼は今、何と言った?

「手当てだよ。すごく丁寧にされてる。さすが保健委員だね」

さすが保健委員。
そんなこと言われたことなかった。
いっつも嫌味ばかり言われてきた。
嬉しくて嬉しくて、自然と笑顔になるのが分かる。

「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないけど」
「ううん、嬉しかった」
「そう?」
「うん」

彼になら言ってもいいかな?
僕の言いたいこと、聞いてもらいたいこと。

「僕ね、保健委員なんだ」
「?うん」
「だからね、不運委員って言われてる」
「・・・」
「蛸壺に落ちるのも不運だからだって」
「・・・」
「君もそう思う?」

正直、彼の言葉は期待していない。
そうだな、と言われて終わるだけだと思う。
それでもよかった。
ただ聞いてほしかっただけ。

「そうかもね」
「・・そっか」
「でも、さ。不運だけど不幸じゃない、でしょ?」
「え?」
「不運なこと、不幸だと思ってる?」

考えたことなかった。
だけど、今が不幸かと聞かれたら不幸じゃないとそう言える。
僕は恵まれていると気付けたから。
僕に巻き込まれても笑って許してくれる友達がいる。
保健室を頼って来た人に治療をしてあげられる。
ありがとうと言ってもらえる。

「不幸じゃないよ」
「うん」
「僕不幸じゃない」
「うん」
「そっか、そっかぁ」

僕は不運だけど不幸じゃない!

彼に向けて、久しぶりに心から笑えた気がする。





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